E5:蠅の群れとスズメバチ – スズメバチの一刺し

ゴーストは城を見下ろす丘の上で辛抱強く待ちながら、ここ数日を振り返った。  国境からの旅にはいろいろな出来事があった。  王国に初めて足を踏み入れて以来、物陰から物陰へと隠れ、あれこれ考えながら過剰に警戒しつつ道を進んできた。  打ち捨てられた狩猟用の掘建て小屋、古い洞窟、荒れ果てた納屋、人けのない寂れた小道、これらはすべて、用心深く野山を旅するゴーストに隠れる場所を与えてくれた。

ゴーストは検問所を通るたびに新たな身分証明書を使わざるをえなかった。  同じものは二度と使わず、身分証明書を焼き捨てた痕跡もまったく残さなかった。  城に近づくにつれ、危険がせまっているのを感じた。  護衛の数は多かった。  警戒体制はやっかいだったが、ゴーストの技量をもってすれば問題ではなかった。  護衛たちの注意はほかに向けられていた。  王国の住民はゴーストを気にも留めずにやり過ごした。  ゴーストは住民の中に一瞬にして紛れ込むことができた。

ゴーストには、一つの動機を持ち続けるという強みがあった。  ゴーストは辛抱強く、粘り強く、目的の達成に向けて燃え上がる野望を持っていた。  物陰に隠れる術を知り、  複雑な地形ではあらゆる窪地や割れ目を見つけ出した。  ゴーストこそ、盗みの天才であり、社会にとって真の脅威であった。

ゴーストはときどき、単なる護衛ではない何か違うものの存在を感じることがあった。  何かが忍び寄ってくる。  ゴーストはそれを感じた。  別の眼差しが自分の影を横切るのを感じた。  その眼差しはゴーストの存在を察知しなかったが、その存在は確かなものであった。  その眼差しは探索し、  綿密に調査していた。  ゴーストはハンターの存在を感じた。  この脅威は一歩ずつゴーストを追い詰めていたが、ゴーストはこれを試練の一部と受け止めた。  ハンターを打ち負かすことはスリルの一部であり、  ゴーストはこれを楽しんだ。

ゴーストは城を取り囲む巨大なモミの木の暗がりでうずくまり、次の一手を考えていた。  門のざわめきがゴーストを現実に引き戻した。

門のそばにいた兵士たちは警護の交代のために疲れた表情で集まっていた。   城の中からカツカツという靴音が鳴り響いた。  ゴーストは木陰で身構えた。  新しい軍団の一行が城を出て巨大な跳ね橋の前に集合した。   兵士らが集まっている間に、灰色のマントで闇夜に溶け込み、ゴーストは草むらを横切った。  軍団長が点検を終えるまでに、ゴーストはすでに壁を伝わり開かれた門へとせまっていた。   軍団長は新たにやってきた兵士たちに最後の指示を出した。  瞬間、幻のようなものがその門を通りすぎた。嵐のなかの囁きほどの音も立てなかった。すでにゴーストは門の中に侵入し、国王の住まいの奥深くにあっという間に身を潜めた。

*****

マーティは靴紐を結ぶために腰をかがめた。  すでに長時間働き詰めのマーティは、とっておきの切り札を使おうとしていた。幸運をよぶConverseのスニーカーだ。  それは履き古しのスニーカーだった。  キャンバス地は擦り切れて色があせ、灰色や青色や緑色が混じった名状しがたい色に変わっていた。靴ひもを通すハトメのいくつかは、年月とともに失われていた。  ゴム底はすりへり履き古されていたが、まだかろうじて無事だった。  マーティは器用な指先で靴紐をしっかり締めた。  が、紐はぷっつりと切れてしまった。  マーティはうめいた。  これは悪い前兆だ。

マーティは靴をいたわりながら、グレッグのブースに向かってゆっくりと歩を進めた。

「単語は何?」 と聞きながらグレッグはマーティを迎えた。

「鳥」とマーティは返した。

「鳥?」

「単語は鳥だ…」

いぶかしげに眉をひそめたグレッグの顔つきが険しい表情に変わった。

「気にするな。  冗談だよ」と言いながらマーティは隅にある椅子に沈みこんだ。

「冗談を言っている場合じゃないぞ、マーティ」 とグレッグは諭した。

「はい先生。 以後気をつけます。  靴の紐が切れただけなんだ」

「そういう意味じゃないことぐらい、わかっているだろ。  招かれざる客に関して何か新しいことを掴んだかい?」

「サインを探し続けているんだ。  変なログインとか、  アクセスされたファイルとか。  僕たちが設定したネットワーク規制でみんな参っているよ。   Webフィルタリングを実装したせいで、ヘルプ デスクの電話は鳴りっぱなしさ」

「わかってる、でもちゃんと対処しているよ。  すべてのファイルを検査したかどうかだけ確認する必要がある」

「そのとおり。わかっていることは1つだけ、まだすべてを把握していないってこと。  まだ探せていない何かがあるんだ。でも、お酢よりも蜂蜜を使ったほうが虫がたくさん捕れるって言うだろ」

グレッグはマーティの言いたいことを察知し、笑いながら「それはいい考え方だ」と言った。

マーティの顔に不敵ないたずらっぽい笑みが浮かんだ。

次回のエピソードは火曜日です。どうぞお楽しみに!

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